2021.11.26 | コラム

新型コロナの飲み薬「パクスロビド」と「モルヌピラビル」の効果について

コロナ経口治療薬の登場で入院・死亡リスクはどのくらい減る可能性があるのか

新型コロナの飲み薬「パクスロビド」と「モルヌピラビル」の効果についての写真

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の経口治療薬は、今後の世界の新型コロナ対策を一変させる「ゲームチェンジャー」として期待が高まっています。

抗ウイルス薬としては、すでに点滴治療薬の「レムデシビル(ベクルリー®)」が承認されていますが、国内において現時点で効果が示されていて、かつ承認されている新型コロナの経口抗ウイルス治療薬はありません。また、重症化リスクのある酸素投与を必要としない軽症・中等症患者には抗体カクテル療法のカシリビマブ/イムデミマブ(ロナプリーブ®)と、ソトロビマブ(ゼビュディ®)のモノクローナル抗体がありますが、どちらも点滴治療薬ですので、基本的に医療機関で治療を受けることになります。

経口治療薬が使用可能となれば、自宅で薬を飲めばよいので「入院したり、医療機関に行ったりする必要がなくなる」というメリットがあります。また「入院リスクを減らせるため、医療逼迫リスクを軽減させる」可能性があります。

 

本コラムでは、新型コロナの経口治療薬のファイザー社のパクスロビド、メルク社のモルヌピラビルについて解説したいと思います。

 

1. モルヌピラビル、パクスロビドとは

モルヌピラビル、パクスロビドは共に経口の新型コロナ治療薬です。モルヌピラビルは、新型コロナウイルスの複製を阻害する抗ウイルス薬です[1]。一方、パクスロビドは次の2種類の薬を組み合わせて作られています。一つは「PF-07321332」という、コロナウイルスの複製に必要な酵素(3CLプロテアーゼ)の活性を阻害することでウイルスの増殖を抑える抗ウイルス薬で、もう一つはHIV治療薬として知られているリトナビルです。リトナビルと組み合わせることによって、「PF-07321332」の血中濃度を高く維持する効果があります[2]。

 

2. モルヌピラビルは発症5日以内に飲むと、重症化リスクがある外来患者の入院または死亡を約50%減らす

モルヌピラビルの効果を大まかにいうと「入院や死亡を半分ほどに減らす」という訳です。もう少し掘り下げて、2021年10月1日のメルク社のニュースリリースによるモルヌピラビルの臨床試験の中間解析の概要をまとめると、以下の通りです[3,4]。

 

【第3相MOVe-OUT試験】

  • 対象は775人の新型コロナ外来患者
    • 18歳以上、発症から無作為化まで5日以内、重症化のリスク因子1つ以上
  • 385人はモルヌピラビルを1日2回、5日間内服。377人はプラセボ(偽薬)を同じ期間内服。
  • 29日後の結果では、モルヌピラビル群では7.3%(28/385例)が入院したのに対し、プラセボ群は14.1%(53/377例)の人が入院と、およそ半分になっていた
  • プラセボ群では8人が死亡したのに対し、モルヌピラビル群では死亡なし
  • 変異株に対する効果も調べたところ、デルタ株などに対しても有効性は変わらなかった。

 

  入院 死亡
モルヌピラビル群 7.3%(385人中28人) なし
プラセボ群 14.1%(377人中53人) 8人

 

また、モルヌピラビル投与群とプラセボ群で、薬剤による有害事象にも差はありませんでした。

 

まだ正式に論文化されていないため結果の解釈には注意が必要です。日本においては、11月11日に、MSD社がモルヌピラビルの供給に関して日本政府と合意したと発表しています[5]。

 

3. パクスロビドは発症3日以内に飲むと、重症化リスクがある外来患者の入院または死亡を89%減らす

2021年11月5日のファイザー社のニュースリリースによるパクスロビドの臨床試験の中間解析の概要は以下のとおりです[6,7]。

 

【第2/3相EPIC-HR試験】

  • 対象は1219人の症状発現後3日以内の新型コロナ外来患者
    • 18歳以上、発症から無作為化まで5日以内、重症化のリスク因子1つ以上
  • パクスロビドを1日2回、5日間内服。対照はプラセボを同じ期間内服。
  • 発症3日以内の患者を対象にした場合、28日間の入院または死亡が、パクスロビド群が0.8%(389人中3人が入院、死亡はなし)、プラセボ群は7.0%(385人中27人が入院、うち7人が死亡)
  • 発症5日以内の患者を対象にした場合,28日間の入院または死亡が、パクスロビド群で1.0% (607人中6人が入院、死亡はなし)、プラセボ群は6.7%(612人中41人が入院,うち10人が死亡)

 

    入院 死亡
発症3日以内に薬を内服した患者の場合 パクスロビド群 0.8%(389人中3人) なし
プラセボ群 7.0%(385人中27人) 7人
発症5日以内に薬を
内服した患者の場合
パクスロビド群 1.0%(607人中6人) なし
プラセボ群 6.7%(612人中41人) 10人

 

また、1881人の安全性コホートにおいて、パクスロビド群およびプラセボ群の有害事象は19%および21%で、臨床試験中止に至った有害事象はそれぞれ2.1%、4.1%となっていました。つまり、プラセボと比較してバクスロビドを内服した患者のほうが少なかったという結果でした。

 

こちらもまだ正式に論文化されていません。発症3日以内の患者を対象にすると、新型コロナに起因する入院またはあらゆる原因による死亡のリスクが、プラセボと比較して89%減少したということになります。

 

4. モルヌピラビルとパクスロビドはどちらが有効であるのか

ここまでの数字上では、パクスロビドが優れているように見えますが、実はまだわかりません。上記の臨床試験はそれぞれの薬とプラセボとを比較をしているのであって、いわゆる「ガチンコ」で比較しているわけではないからです。新薬と既存薬とで(この場合モルヌピラビルとパクスロビド)1:1で優劣を決める臨床比較試験=ガチンコで得られた結果をみるまでは、現時点ではどちらが優れているかは結論付けることはできません。

さらに今回のヘッドラインの結果は相対リスク(ある状況下におかれた人の病気になる確率」を「ある状況下にない人が病気になる確率」で割った数値)であることにも注意が必要です。

 

【相対リスク】
①モルヌピラビル 7.3%÷14.1%≒0.5
②パクスロビド(発症3日以内) 0.8%÷7.0%≒0.1  

 

医学の世界には「NNT(Number Needed to Treat)」という言葉があります。これは治療必要例数と呼ばれ、1人に治療効果が認められるために何人治療を受ける必要があるかという人数のことです。つまり、NNTの値が小さければ小さいほど治療効果が見込めるのですが、この数字をはじき出すのに用いられるのが「絶対リスク減少率」です。絶対リスク減少率(対照のイベント発生確率から介入のイベント発生確率を引いた値)で計算すると、以下の通りとなります。

 

【絶対リスク減少率】
①モルヌピラビル 7.3%-14.1%=-6.8%
②パクスロビド 0.8%-7.0%=-6.2%

 

NNTは絶対リスク減少率の逆数で計算されますので、モルヌピラビルのNNTは14.7、パクスロビドのは16.1となり、ほとんど変わりありません。

 

おそらく国内ではモルヌピラビルが先に承認されるでしょうが、近い将来に両者が使用可能できるようになる可能性があると思います。インフルエンザのように将来的に耐性ウイルス(*)が出現した場合に、作用機序の異なる経口抗ウイルス薬の選択肢がいくつかあることは重要であると考えられます。また、点滴とは異なる剤形であることは新型コロナ治療の普及において大切なことだと思います。

*耐性ウイルス:もともと効果があった薬が効かなく(効きにくく)なってしまったウイルス

 

5. モルヌピラビルとパクスロビドは今後どのような人に使われるか

今回紹介したモルヌピラビルとパクスロビドのデータは、重症化リスクが少なくとも1つはある患者に対するものでした。これらの薬剤が認可された場合、当面は重症化リスクのある患者さんに対し限定的に使われることになるものと思われます。

現在、新型コロナウイルスの家庭内感染予防におけるモルヌピラビルの有効性と安全性をプラセボと比較するMOVe-AHEAD試験が行われています[3]。また、パクスロビドにおいても重症化リスクのない新型コロナ患者を対象とした臨床試験(EPIC-SR)や、家庭内感染予防におけるバクスロビドの有効性と安全性を評価するためEPIC-PEPが進行中です[6]。これらの臨床試験の結果次第では、持病のない人に対する治療や暴露後の予防戦略の幅が広がることが期待されます。

 

※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。

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